卑弥呼

2017年04月01日

失われた天照大神の大預言「カゴメ唄」の謎

わらべうたや童話に、表向きの意味とは異なる深い意味が込められているとすれば...。
一寸法師、竹取物語、羽衣伝説、鶴の恩返し、竜宮城...。
そしてカゴメの唄。
地方によっていくつかのバージョンがあるらしいが、一般的なのはこれ。

「かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった 後ろの正面だあれ」

単純に読んでも「夜明けの晩」「後ろの正面」という謎解きめいた言葉が目につく。

天の岩戸神話。伊勢神宮。元伊勢籠神社。

謎に縁どられた日本古代史が、原始キリスト教との関係から炙りだされてく。





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2011年01月23日

謎の邪馬台国を発見


ジョー・マクモニーグルの透視により邪馬台国の場所、そして卑弥呼の正体を暴こうと試みた本。
古代史ロマン、邪馬台国論争。
大きく畿内説と九州説に分かれ、延々と論争が繰り広げられる中、現状では奈良県桜井市にある纏向遺跡が有力視されています。箸墓古墳は卑弥呼の墓、そう研究者は主張します。今やっているNHKの特番もそうですね。

邪馬台国がどこにあったのか。
この問いかけはある意味では少々安易と考えたい。
魏に使者を送り、「親魏倭王」の称号を贈られたとして『魏志』倭人伝に登場した邪馬台国の卑弥呼。であれば、北部九州に対外拠点があり、本国が畿内にあったということもできるだろう。邪馬台国はそもそも連合国であったという位置づけである。要は勢力範囲をどこまで想定するかということになる。

逆に、この本では透視を通じ、これまでとは全く異なる斬新な視点から邪馬台国を見ている。
定説に捉われればややもするとそれに固執してしまうが、こういった視点も非常に面白いのでムーブックスとはいえ、一読をオススメしたい。


ジョー・マクモニーグルのサイキック歴史学 謎の邪馬台国を発見 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)ジョー・マクモニーグルのサイキック歴史学 謎の邪馬台国を発見 (ムー・スーパーミステリー・ブックス)
著者:権藤 正勝
学習研究社(2010-12-08)
販売元:Amazon.co.jp
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2009年05月04日

大和路古代ロマン

3日・4日で久々に親と旅行に行ってきました。
行先は奈良。といっても、かなりマニアックな所ですねー。

大神神社〜三輪山
まずは今回の最大のポイントへ。
近鉄で桜井まで行き、あとはバスで大神神社まで行きました。

三輪そうめん0三輪そうめん

鳥居をくぐる前に、ちょうどお昼時だったので、まずは腹ごしらえ。
三輪そうめんと柿の葉ずしを食べました。
三輪の手延べそうめんは本当に細いですね。

大神神社大神神社2

大神神社(おおみわじんじゃ)は三輪山そのものを御神体とする我が国最古の神社で、大物主神(おおものぬしのかみ)を祀る。
結構な人出があり、荘厳な雰囲気とは程遠かった。

*三輪山(ウィキペディア)

三輪山へ登るためには近くにある狭井神社で受付をしなければならない。

狭井神社三輪山入口

さっそく、受付をして襷をかけて登る。
こちらも結構人がいましたね。
撮影等は一切禁止、登頂には約1時間程度かかります。
標高467m、日頃運動不足な人にとってはちょっときついかもしれないですね。
実際、いっぱいいっぱい時間かかりました。
山頂には奥津磐座がある。遥か古代、自然崇拝のなかで、何らかの祭祀が行われていたのでしょう。

ただ、昨年訪れた丹後の真名井神社の時に感じたハッとするようなものはなかったですね。


信貴山

ここで思いのほか時間を費やしたので、この日はそのまま宿へ。
宿はギリギリでなんとか見つけた信貴山の「料亭旅館みよし」。
戦国の梟雄として名高い松永久秀が信長が要求した平蜘蛛茶釜を首にかけて壮絶な爆死を遂げた信貴山(城)というところにも何かしら縁を感じます。

料亭旅館みよし

こじんまりとした佇まいですが、それなりの気品があってよかったです。
すごく落ち着く場所でした。料理もさすがに豪勢な感じで、ちょっと贅沢な休日にはぴったり。


法隆寺

2日目は法隆寺から。小学校の修学旅行以来だからもう12年ほど経ちますかね。
本当に久しぶり。
相変わらずというか、観光客多かったです。
こういう場所は時が経ってから行くと、また感じ方が変わると思うのでいいなと思いますね。

法隆寺

ちょっと休憩ということで葛きりなんかも食べました。

葛きり

纏向遺跡

バスで法隆寺駅へ行き、JRを乗り継いで、前日行きそこなった纏向遺跡へ向かいます。ついこの間も、遺構が発掘され、この一帯は宮殿をもった、大きな集落を形成していたと考えられています。邪馬台国畿内説を唱える学者は、ここが邪馬台国であり、卑弥呼が住んでいたと主張していますが...。まだまだ調査中といったところですね。

東田大塚古墳

古墳群が散在しているわけですが、今回はわかりやすかった「東田大塚古墳」というのを見てきました。これらの古墳群が実際、どういう役割を果たしていたのかは、皆目見当がつきませんでした。
歩いて見に行くってのも疲れるし、効率悪かったりしますが、フィールドワーク的でよかったです。

箸墓古墳

倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと)の墓とされる。ただし、この皇女を卑弥呼と比定する説があり、箸墓古墳は卑弥呼の墓、纏向遺跡は邪馬台国の遺構だとする説がある。

いわゆる邪馬台国論争についてはここでは触れないが、自分としても大学時代にレポートがあり、興味深いところ。ちなみに九州説ですけど(笑)
結局、箸墓古墳をはじめ、発掘調査が進まないことには結論は出ないんでしょうね。
宮内庁が握っている時点で、半永久的に無理か(^^;)
おそらく大和王権、ひいては天皇のルーツ、日本人のルーツを探っていくと、知ってはいけない事実が浮かび上がってしまうからなのではないかと思いますが。
天理市寄りの周辺の地名に「布留(ふる)」とあったのが大きなポイントのような気がします。
これについては今後も独自に研究していきたいです。

箸墓古墳0箸墓古墳

とにもかくにも、こんなに巨大な古墳をマジマジとみるのは初めてだったので感動しました。一周してみましたが、本当に大きいですね。前方後円墳というのがかえってわからなくなります(笑)
一度上から見れるといいかも?

景行天皇陵〜崇神天皇陵

続いて、景行天皇陵と崇神天皇陵に立ち寄りました。
こちらは本当に立ち寄っただけですが、一目見れてよかったです。
曇ってはいたんですが、こういうのは逆に急激に天候が崩れて雷雨がある方が雰囲気でますね(・∀・)

景行天皇陵崇神天皇陵

その後は京都まで北上して帰りました。
いやぁ、久々に古代ロマンの世界に浸れて楽しかったです。

karnak at 23:58コメント(0)トラックバック(0) 

2008年08月30日

箸墓古墳

邪馬台国の女王・卑弥呼の墓ともいわれる最古の前方後円墳、奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳(3世紀後半、全長280メートル)で、前方部の外側から周濠(しゅうごう)の一部が同市教委の調査で初めて確認されたことが27日、分かった。国内最大の仁徳天皇陵(堺市、5世紀、全長485メートル)に匹敵する大規模な周濠が、仁徳陵の200年近く前に整備されていたことを示す極めて貴重な発見で、被葬者論争にも新たな一石を投じることになりそうだ。

 市教委が前方部の南西約70メートルを発掘したところ、長さ約35メートルにわたって「落ち込み状遺構」(深さ1・3メートル)が出土。落ち込みはそのまま前方部の墳丘に向かって広がっていたとみられ、古墳の周囲を大規模に掘削した周濠と判断した。過去の調査とも合わせ、築造当初は幅60〜70メートルの大規模な馬蹄(ばてい)形の周濠が古墳全体を囲んでいた可能性が強まった。

 箸墓古墳ではこれまで、小規模な内濠と内堤の一部が見つかっていたが、周濠の検出例はなかった。大規模周濠は5世紀の大型古墳などにみられ、3世紀の箸墓古墳には存在しないという見方があったが、学説の見直しも迫られそうだ。【産経新聞】


さて、古代ロマンに新展開。いわゆる天皇陵は発掘が許可されないことから、卑弥呼なのか、天皇なのかも定かではないが、興味深い発見ではある。
先日、高千穂に行ったばかりでもあり、古代史関係書籍をまた読みたくなりました。
九州・大和両説が有力なのはともかく、二つの地域の結びつきの強さにはやはり謎を感じる。



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2008年08月24日

九州秘湯の旅

2日目。この日は晴天でした。
阿蘇・草千里を横に見ながら、目指すは高千穂。
天孫降臨の地です。

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karnak at 23:58コメント(0)トラックバック(0) 
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